木村伊兵衛の動態保存

多忙ゆえ数行に留めますが、もう会期末もいいところ、明日と明後日は東京都写真美術館の「木村伊兵衛アンリ・カルティエ=ブレッソン」展に是非ともお運びをと取り急ぎ懇請、いやこの期に及んでゴニョゴニョの相も変わらぬ悪癖は別途誰かに向かって謝罪するとして、なにゆえ足を運ぶべきかはこの展観の図録にそもそも原因あり、いやそりゃ図録云々の前に行かなければ何事も始まりはしないのですが、ともかくも会場には終盤、ほぼ出口の手前にこの展観の実に驚くべきキモが仕掛けてあるのでありまして、なんとまあそれが如何なる故にか収録されておらず、私などは帰宅後かの図録打ち開いて胸かきむしり苦悶の思い、他人は知らず、私が会場で驚いたのはそう、伊兵衛翁の「本郷森川町」その他の作品のコンタクト・シート、つまりベタ焼きがどーんと展示してござい、という次第にて、つまりこれは写真家の創作の秘密、その思考と手つきをあっさりと満天下に晒しているわけであり、写真家が如何なるシークェンスでいかなる場面を切り取り、何を取り上げ何を捨てているのか、言うなれば剣豪が対戦相手を斬り捨てる一瞬の間合いが克明に連続写真で記録されておるようなもので、恐ろしいほどに様々な事実が読み取れるものか、かつて見飽きるほど見た作品の前後の空間と時間が脳内で一挙に流れを持って広がり、音や匂いまで感じ取れるような錯覚といえば大袈裟か、ともかくもスナップという写真行為が生み出した傑作の創作プロセスがこのベタ焼きで明らかになるわけでして、およそ写真と言うものに関心を持つものであるならば、この御開帳に立ち会わないでどうするのかという次第にて、取り急ぎ御一報、怱々不一。