青騎士の方へ

過日小金井で美術古書を扱っているえびな書店から届いた目録は、特集が「1920年代の美術」となっていた。ここの目録は見るところ古書業界の東の大関と言っていいと思うが、カラー口絵まであり、堂々の季刊である。もうなんだか読むだけで勉強になる。値段まで800円と明記してあるが、そこは目録であるから、ロクに買いもしないのにちゃんと送り続けてくれている。悪いなあと思いながらも、やはり買えないものは買えんのである。

と大見得を切りつつも、今回の特集中に、『青騎士』の一書を発見、苦渋に満ちた決断で大枚をはたいた。なーんて世間的にはハシタ金もいいところだが、貧乏も病膏肓に入ると先ず前振りが長いんである。ほっとけ。

青騎士とは周知の如くカンディンスキーによって結成されたドイツ表現主義を代表する芸術グループだが、思いつくままに他のメンバーをあげてみると、パウル・クレー、アルフレート・クビーンジョルジュ・ブラックマレーヴィチと、私がかつて勝手に別名「針金派」と名付けた如く、なんだか貧血っぽい芸術を生み出した連中がずらっと並んでいる。私が惹かれるのは、いきなり青騎士編集部を設立して年鑑の出版から事を始めるというこの集団の本末転倒パワーである。やはりカンディンスキーのオレ様ぶりがこの運動/集団のエネルギー源だろうが、彼の人生の後半部分のハイライトであるバウハウスの評価ぶりに対して、青騎士という集団力はどこまで評価されているか、心許ない(ベルリンのバウハウス・アルヒーフでもなんだかさらっと触れられているだけだったような記憶がある)。日本国内ではまともな本は坂崎乙郎の『夜の画家たち』(平凡社ライブラリー)というド名著しかないと思うが、しかしいいタイトルだなあこれ。激しい感情表出、死とエロスの、霊と肉の、赤裸々な相剋を伝える緊張と孤独──これはこの本の惹句から引いたが、そう、この暗さがゲルマン的でいいんです。「北欧のムンク、スイスのホードラーを先達とし、ドイツの土壌に開花した表現主義の運動。カンディンスキー、クレーを育む現代絵画のひそかな間道としての表現主義芸術を照射する。」うーむいい文句だ。ひそかな間道。正確に言うとカンディンスキー、クレー以後を育む、だと思うが。

それはいいけど、購入した古本の方は連中が発刊した『青騎士』の復刻だと思っていたのだが、ドイツ語があやふやなのでどうにも分からない。しかしLPサイズのかなりの大冊で、造本はガタが来ているが中の図版は全て別刷りの貼り込みという丁寧な造りである。これ一冊で青騎士の全てが分かるという風情。いや、お買い得かもしれない。だけどよく見ると東京のゲーテ・インスティチュートの蔵書印が押してあるぞ。ええんかいなこれ。

だが思えば紀元前の大昔、私も同人誌を作ったりなんかしていた紅顔の美少年(泣)だった頃は、これが我が青騎士だッ、という大見得を張りたいと思っていたものである。いまそいつを見たらひたすら笑うしかないが。しかし、当時の自分が現在の私の暮らしぶりを見ることができたなら、ただひたすら、思いきり、大笑いするに違いない。

青騎士

青騎士