新宿血風録

昨夜9時20分頃、新宿駅中央通路中央付近。疲弊してとぼとぼ歩く私の前方50メートルあたりから、なんだか妙な雰囲気が波動のように伝わってきました。

一人の男が──遠目にはごく普通のサラリーマンに見えたのですが──突進してくるのです。右手を前方に突き出し、異様に高速な摺り足で。よく大河ドラマ織田信長が「にんげんごじゅうねん〜」ってやってる、あのスタイルです。不気味なのは、人差し指と中指を前方センサーみたいに突き出してるところ。眼は完全にいっちゃってます。

で、とっさに私は、全剣連居合九本目、「添手突」を思い出し、試みる事にしました(つもり)。

男は高速で私に接近し、男の手が私の胸を貫く寸前、私は体を左に開き、同時に刀の鯉口を切り、左につんのめる男を右袈裟に斬りつける(つもり)。

多少抜きつけが甘く、その場に倒れ込むはずの男はのけぞったまま二、三歩よろよろと後退した(つもり)。間髪入れず、左手を刀の峰に添え、右腰に構え、男の腹腔にまっすぐ深く突き入れる(つもり)。ずぶずぶと沈んでゆく刀の周囲から、鮮血が噴き出す(つもり)。柄を掴んだ右手を突き出したまま、くずおれ斃れた敵を確認し、ゆっくりと刀を引き抜き、血振りをする(つもり)。

かたずを飲んで見守っていた周囲の沈黙を破る、一人のOLの黄色い悲鳴(つもり)。と同時に、弾かれたようにパニックに陥る中央通路(つもり)。残心のなかからゆっくり刀を鞘に納める私の背後から駆けつける鉄道警察隊(つもり)。逃げる(つもり)。