史郎の思い出

昨日下高井戸の駅に向かう途中、興味深い古書店+古レコード店を見つけたが、時間が無く通り過ぎてしまったので、再度赴いた。

「バラード堂」という名のその店は、純正サブカルチャー系で、店の作りも古本屋臭くなく、イマドキのカフェっぽい。文芸書の棚には澁澤龍彦中井英夫稲垣足穂等々ずらずらっと並んでおり、全て丁寧にグラシン紙がかけてある。マンガの在庫もなかなかで、古い「ガロ」や山上たつひこの『喜劇新思想大系』などが整然と並んでいる。レコードの方はもっと曲者っぽく、頭脳警察なんかが置いてあった。なんだか学生時代の自分の書棚を見ているようで、ここまでの品揃えを示されると、面白いというよりも、むしろ感傷的になってくる。
しかし商売としてはいかがなものか。この構えは、商売というよりはどうも一種の自己主張のようでもある。

棚の一角に、「国枝史郎伝奇文庫」が置いてあった。印象としては「展示してあった」と言うべきか。表紙を面出しにし、国枝史郎を熱烈に称揚するPOP付きである。この文庫本で全28巻に及ぶシリーズは、横尾忠則の鮮烈な装幀で昭和51年前後に刊行されたものだ。国枝の妖美な幻想に満ちた不羈奔放としか言いようのない物語世界は、日本的なお行儀のよい小説世界の文法を一瞬にして吹き飛ばしてしまうような荒々しい迫力に満ちており、私自身の文学感覚にとってはまさにエポック・メイキングなシリーズであった。
まあだいたいタイトルを御覧なさいな。『神州纐纈城』『神秘昆虫館』『銅銭会事変』『生死卍巴』『血煙天明陣』。どうです。あとスゴイのが『血曼陀羅紙張武士』。参りました。て感じか。

不肖私、はるかな昔に就職活動などを行い、大K談社で面接などを受けたことがある。面接も進んでくつろいだ雰囲気になり、「君はうちではどのような本が好きかね」という質問が出た。私はうっかり「御社の『国枝史郎伝奇文庫』などが……」と言ってしまったのである。部屋の空気がこわばったのがわかり、覚えてはいないが色々フォローしたのだが、フレンドリーな雰囲気は二度と戻ってくることはなかったのであった。中途半端にこすっからいところのあった私は、このようなマニアックな企画はまことに講談社的でないということを、当時からわかっていたのである。どうせ跳ねっ返りが無理矢理押し通した企画だろうと、生意気にも考えていたのである。この場合言うべきでない書名だとわかってはいたが、つい言ってしまったのである。そして若造の想像力を越えて、その企画はまことにK談社的でないものだったようだ。

それから私はK談社とは縁もゆかりも無い生活を送っているが、当然、それがあるべき姿だったのだろう。あの時私が違う書名を挙げて、よしんば入社していたとしても、社内において異分子になったであろうことは目に見えている。で、現在いる会社は、国枝史郎を知らないなどと言うと、白い目で見られるような会社である。まあそれもどんなもんかわからないが。