Books

吉川浩満著『理不尽な進化――遺伝子と運のあいだ』を推す

――という類の惹句が、昔はよく書籍宣伝パンフレットなどに並んだものでした。 それはまあ単に推す側の著名人の名前を全面に出したいがための事情のほうが大きかったりしたわけですが、本書については、この徒手空拳の自分が、虚空に向かってこう叫ぶしかない…

崩レル

さきほど職場の神聖不可侵な書籍山が崩壊し、あーあという最中に山から転がってぽっかりと掌中に収まった一冊を見て十数年も前の思い出が蘇ったので、取り急ぎメモしておく気になった。この本の以前の持ち主についてである。前後の情景は浮かんでこないが、…

古書宴

このところ、古本をめぐるあれこれを気の利いた語り口で雑誌やメルマガ等に開陳しているN氏と一夜、酒席を囲む。N氏宅には毎月30冊を超える古書目録が届くというのだから、その様や壮観である。なにしろ買った本など開く暇もなく、目録を読んでいるだけでま…

渡河作戦に臨む

某大大学院にちょっと顔を出していた頃の学生さん、N君と久々に再会。会食歓談。論文ネタ2本発表してもらう。なかなか面白い。歴史学の社会学化について感想を述べるが、文献史料操作中心にこつこつやる学術は全く孤立化の様相を強めるばかりで、孤独感を訴…

もだえる鰐

アートンから『踊りたいけど踊れない』(寺山修司著・宇野亜喜良絵)が出て、あまりに唐突だったので、吃驚して購入。頭の片隅から離れることのなかった記憶と再会する。 ミズエは1と書くつもりだったが、手は2と書いてしまう。ヴァイオリンのお稽古のとき…

夏と修羅

伊勢丹大古書市にて、新宿まで赴く。昨年同様、初日は書痴どものワンダーランドである。ぶつぶつ呟きながら戦前の児童雑誌ばかりカゴに突っ込んでいる長髪の若い男、並べられた絵葉書を超高速スクロールしているカッターシャツの爺さん(糊の利いたそのシャ…

畸人怪人神保町に現る

例の名物店長S氏の仕切る神保町T堂書店まで、山口昌男VS高山宏トークショウの為出張る。一応それらしくウロウロするが、S店長に、予約無い人の入場はどうすんのとツッコまれ一瞬答えられず、ドヤされる。こういうイヴェントではいつも集客状況にやきもきする…

晴雨は責め絵だけではありません

伊藤晴雨の『文京区繪物語』(昭和27年・文京タイムス社刊)を古書店で買って読んでいたら、講談社を称して「“講談社末期の水も野間清治”と或る人が云ったのは、偉人野間清治氏に対して怪しからん次第である」という一文があって、腹抱えて笑ってしまった。…

天皇の世紀

『「天皇」と呼ばれた男 撮影監督宮島義勇の昭和回想録』(山口猛編・愛育社刊) はなかなかの大冊で、手強そうな外観だが、よく作り込まれていて読むのには難渋しない。かつて日本映画界に在位した二人の天皇のうち、黒沢天皇はあまねく知られているが、も…

調布詩人

もうなんだか無闇に暑い。西田書店から出たばかりの『菅原克己全詩集』を自転車の籠に投げ入れて、野川まで走る。私は詩には全く暗くて、この詩人についても、その夫人が亡くなるまで何も知るところがなかった。彼女は一昨年、自宅の火災で煙に巻かれ、夜半…

『娼婦と近世社会』(曽根ひろみ著、吉川弘文館刊)がなかなか読ませる。今年の個人的ベストテンの有力候補である。日本近世史専攻の著者による、日本史プロパーの版元刊行という構えからして、一見よくある江戸ものの遊郭話かと思わせるが、実は中世と近世…

マキさんのこと

京王線の車内で藤原マキ『私の絵日記』(学研M文庫)を読みながら、馬鹿になってしまい、泣く。とうとう本物の、馬鹿になってしまったようだ。目の前に座っている女子高生が時折不審げにチラチラ私を見上げる。無理もない。馬鹿なのだから。どこから聞いた…

ハムレット

「フッサール家の庭の戸口まで来たとき、彼の深い不快感が爆発した。『ドイツ観念論のすべてが私にはいつも糞食らえという感じだった。私は生涯にわたって』──こう言いながら彼は、銀の柄のついた細いステッキを振るわせてから、そのステッキを戸口の柱に押…

すべての暴力のために

日曜日にABC青山本店で買ったブックレット『フェニミズムから見たヒロシマ』(上野千鶴子他、家族社刊)がなかなか面白い。副題に「『女・核・平和』シンポジウム記録」とあるように、つまりそのようなシンポジウムの記録である。広島の小さな出版社が出した…

見知らぬ評論家

インフルエンザによって奪い去られてしまった時間を悼みつつ、頭痛の残る頭で午前中スタージョンについて話していて、午後鶴見の古本屋で『コスミック・レイプ』(サンリオSF文庫)を発見し、買ったはいいが高い! ……まあサンリオだから仕方がない。中を見る…

新宿にて

「伊勢丹百貨店大古書市」に赴く。久々である。会場に足を踏み入れると、主としておじさん達のマイナーな熱気がムンムンと溢れており、気合い負けしそうになるが、踏みとどまり突進。しかし事前に申し込んでいたものは悉く抽選に外れ、がっくり。こういう時…

伊兵衛翁リスペクト

木村伊兵衛『小型カメラ写真術』(朝日ソノラマ刊)を読む。昭和初年に刊行されたものの復刊だが、一読、驚くほど明晰な文章に引き込まれる。この人はごくあっさりしたスナップの名手であり、その手法に理論的バックグラウンドを与えるなどという行為はその…

生きてゐる亂歩

このところ乱歩づいていて、本郷の弥生美術館まで「江戸川乱歩と少年探偵団展」を観覧に赴く。入館してすぐ、小林少年が仏像に変装して怪人二十面相のアジトに潜入するなどというビッグイヴェントを記憶の底から掘り起こされてしまい、ありえねえと呟く。挿…

蔵の中

『幻影の蔵 江戸川乱歩探偵小説蔵書目録』(新保博久・山前譲編、東京書籍刊)を1日読み続ける。読み続けると言うより、見続けると言った方がいいか。この本、ただの目録ではないのである。本文の他にCD-ROMが付いておりましてね、蔵書の山の蔵のなかを探索…

木下本の指し示すもの

『世の途中から隠されていること──近代日本の記憶』(木下直之著、晶文社)で著者が拾い集めるのは、見世物、造り物、人形、お城、記念碑、ある種の古写真等々である。これらはわれわれの前にぬっと在り続けてきたが、誰一人として注視した者はいないといっ…

史郎の思い出

昨日下高井戸の駅に向かう途中、興味深い古書店+古レコード店を見つけたが、時間が無く通り過ぎてしまったので、再度赴いた。「バラード堂」という名のその店は、純正サブカルチャー系で、店の作りも古本屋臭くなく、イマドキのカフェっぽい。文芸書の棚に…

小林勇『蝸牛庵訪問記』(講談社文芸文庫)を読む。岩波書店の名編集者の、幸田露伴との密接な交流の記録である。今では信じられないほどのことだが、出版社が新卒の大卒社員を採用し始めたのは、ようやく昭和2年になってからであった(円本で儲けた改造社が…