『娼婦と近世社会』(曽根ひろみ著、吉川弘文館刊)がなかなか読ませる。今年の個人的ベストテンの有力候補である。日本近世史専攻の著者による、日本史プロパーの版元刊行という構えからして、一見よくある江戸ものの遊郭話かと思わせるが、実は中世と近世の間にある売春行為の“階層的断絶”を解き明かした知的興奮の書、と言って良かろうと思う。「売春のアルケオロジー」と評価しても良い。われわれの内にある売春という言葉の意味するものがどのように生成されたのか、もう一度根元的に問い直す基礎的資料を整理して提供してくれたというわけだ。
個人的には、中世において勧進聖として諸国を遊行していた熊野比丘尼が、近世になるとその対極にあるとも言える娼婦という存在に転落していったプロセスに、昔から関心がある。本書はストレートにその欲求に応えてくれた初めての書である。その他にも本書第5章「近世の梅毒観」では当時梅毒という病が社会的にいかなる位置を占めていたかを明らかにしているのが画期的だ。一体に日本の近世社会を論じる場合、梅毒と痘(もがさ、天然痘)と癩病に言及せずに済ませる訳にはいかないじゃないかといつも思うが、どうも江戸東京博物館なんかへ行っても毎度妙に小綺麗で困るのでした。

娼婦と近世社会

娼婦と近世社会