マキさんのこと

京王線の車内で藤原マキ『私の絵日記』(学研M文庫)を読みながら、馬鹿になってしまい、泣く。とうとう本物の、馬鹿になってしまったようだ。目の前に座っている女子高生が時折不審げにチラチラ私を見上げる。無理もない。馬鹿なのだから。

どこから聞いたのだったか、マキさんが先年亡くなったことを知ってはいたのだが、こうやってまとまった、つつましく、愉しく、悩みながら暮らしていく日々を描いた作品を読んでいると、胸を突かれる。だってこの日記に登場する一粒種の正助くんは、ひょっとすると私の子供時代ではないのか。そして影のように登場する「おとうさん」──つげ義春氏──だって、私だろう。もしかしたらマキさんだって私かも知れない。

絵日記に登場するほとんどの場所が、現在の私の暮らしの場所でもある。多摩川団地周辺の長閑な暮らしが、素直な絵から伝わってくる。描かれた場所を特定できるのが、哀しい。実際川沿いの八百屋で──ここはつげ氏原作の映画『無能の人』にも登場したが──マキさんを見かけたこともある。駅前の東急ストアではつげ氏を見かけたが、絵日記から推測すると、おそらく家族で出掛けるパターンの折であろう。こういう感覚は、どのように表現すればよいのか? 妻を失い、今はもう何の気力もないという巻末のつげ氏へのインタビューが、私をさらに寂寞とした気分にさせる。

読み終えて駅を出、マキさんと正助くんが、大好きな電車をよく見に来ていたという踏切を渡り、ゆっくりと家路につく。

私の絵日記 (学研M文庫)

私の絵日記 (学研M文庫)