渡河作戦に臨む

某大大学院にちょっと顔を出していた頃の学生さん、N君と久々に再会。会食歓談。論文ネタ2本発表してもらう。なかなか面白い。歴史学社会学化について感想を述べるが、文献史料操作中心にこつこつやる学術は全く孤立化の様相を強めるばかりで、孤独感を訴えられる。昨今はセオリーが無いと何だか知恵遅れみたいに見えてくるのである。全てがテクスト化されてしまった現状では当然の帰結であろう。セオリーにおもねるか無視するか。何れもなんかスッキリしない。

N君もドクターで来年30歳である。ルビコン河を渡るんだねェ〜と脅す。もう路線変更はできん。ジャッジのある学術誌に一本掲載が来年の目標だね。頼むで。

例の文科省による21世紀COEを巡る舞台裏のドタバタも聞く。またも例によって足の引っ張り合いである。アジア学がなんだかで獲ったらしいが(なんて書くバレるか?)、結局地域研究は並列タコツボから脱出不能か。この国のアカデミーはダメだねしかし。と、離れてしまうと気楽に書けるが。俊英R教授が、アジア学といっても、日本史プロパーの人が入っていないと呟いていたと聞かされ、むべなるかなと慨嘆。

N君から『地図がつくったタイ 国民国家誕生の歴史』の話を詳しく聞き、今日読み始める。うーむこの手があったか。ベネディクト・アンダーソンが絶賛したのも当然だろう。しかし、どうして日本史学からこのような視野を持つ研究が現れないのだろう。

さて、今日小津忌か。

地図がつくったタイ (明石ライブラリー)

地図がつくったタイ (明石ライブラリー)