天皇の世紀

『「天皇」と呼ばれた男 撮影監督宮島義勇の昭和回想録』(山口猛編・愛育社刊) はなかなかの大冊で、手強そうな外観だが、よく作り込まれていて読むのには難渋しない。かつて日本映画界に在位した二人の天皇のうち、黒沢天皇はあまねく知られているが、もう一人がこの男、宮川一夫と並び称されるキャメラマン島義勇その人でありました。

この本はその宮島天皇の生涯を追ったものである。この天皇天皇であるにもかかわらず左翼の闘士で、「軍艦以外は全部来た」と言われるかの東宝大争議の指導者であった。「ヒット映画を作る奴は資本家の走狗である」(笑)という姿勢で戦われた東宝大争議では米軍の戦車までやって来たわけであるが、この本の3分の2はその事実関係の記録なのである。宮島の代表作は事実上、この戦後史に残る東宝大争議であると言っていいだろう。

しかし、である。彼の撮影技術は、世界映画史上特筆すべきものであることを日本人はもっと知るべきである。ベルリンで賞を獲った小林正樹監督の『切腹』がその特徴を如実に表しているが、そのコントラストの強い、かなり圧迫的な画面構成は、宮川一夫のローキーな詩的画面設計を「女画」とでも表現するならば「男画」とでもすべきものだろう。この私の表現には、こんな時代に敢えて「オトコ」と表現せざるを得ない粗暴な無神経さをも含んでいる。いや、粗暴な無神経さをも画面上に表現できる細心さ、と言うべきなのか。

切腹の場である白州に引き出された主人公が、微動だにせぬまま、時間だけが過ぎていくのを照明の変化だけで追った場面は、日本映画において撮影という技術に蓄積されたものが何であったのかを検証するに格好のシークェンスである。しかしなにしろ天皇であるから、小林がOKを出したシーンでも、宮島のNGで何度も撮り直しになったらしい。大人でないとつきあいきれませんね。『人間の条件』の撮影では、絶好の撮影日和にもかかわらず、「雲が違う!これは中国の雲じゃない!」の一言で雲待ち。たまりません。しかし東宝の人なので、東映に初めて招かれた折に、夕闇が迫ってくると東映キャメラマンが委細構わずどんどん絞りを開けていくのに仰天したり、詰め込まれた細かなエピソードがなんとも面白い本である。資本家と戦う左翼業界の人にもお勧めです。

「天皇」と呼ばれた男―撮影監督宮島義勇の昭和回想録

「天皇」と呼ばれた男―撮影監督宮島義勇の昭和回想録