いまひとたびのNeXTを

知人の中には某大学図書館の基幹情報システムの管理者のくせにハッカー/クラッカーであるとか、パソコンマニア上がりの某コンピュータ系版元編集長であるとか、まあ有難いことにそのような人々が存在してくれて、それらのかなり先鋭な連中が信じられんようなコンピュータ関連の最新エピソードを折節にひそひそと耳元で呟いてくれて、おかげで私のその方面の知識は相当偏っているのではないか、と思う。ハード音痴にしてプログラム言語音痴の私も、時代の流れの中でそんなような機械に翻弄されつつ耳年増になる生活を積み上げ、今ではHTMLを知らぬ自社サイト管理者にしてサーバ関連知識のない社内LAN管理者という、国際社会における名誉ある地位を占めているのである。いいのか。

で、昨日、自宅のコンピュータ環境を一新したのである。ちゃんと書き込めているのかどうか不安なので、このように書くこととて無いにもかかわらず、ぐだぐだとインターネット資源を浪費しているのである。

自宅環境はMacOSXに移行したが、このOSはApple設立者スティーブン・ジョブスのルサンチマンの産物と言えなくもない。自らがCEOとして招いた外部の人物にApple社を追われるという、戦国時代の武将のような経験をした彼はNeXT社を設立して逆襲を試みたが、この会社の造り出した機械もまた彼の性格を反映したかのようにアンバランスなものであった。UNIXベースの超先進的なオブジェクト指向OSであるNEXTSTEPを搭載するにもかかわらず、その心臓部はわずか25MHzのクロック周波数しか持たないCPUであり、コプロセッサーとDSPで脇を固めてあれど、所詮それは最先端技術を蒸気機関車に投入して新幹線を造るようなものであった。

NeXT社の製品はしかし、物(ぶつ)としての魅力に満ちたものだった。漆黒の立方体の筐体は神秘的で、醸し出す雰囲気はSFに登場する「コンピューター」そのものであった。いや、よりスタイリッシュで未来的な印象だっただろうか。そうだなあ、簡単に言えば「Casa BRUTUS」に登場できる唯一の電子計算機、というところか。到底事務機器などではなく、必要もないのに遊びの部分強くを感じさせる、それゆえビジネスの対象としては至極脇の甘い商品だったのである。

さて、なぜOSXルサンチマンの産物であるか。御存知の方には言わずもがなであるが、このOSは旧来のMacOS(我々の時代には「漢字talk」と称していた)と全く違うUNIXベースのもので、改良版NEXTSTEPといっていい代物であり、Appleに復帰したジョブズが仇を討つかのように開発を進めたものなのである。その画面、特にアプリケーションのアイコンを納めたドック回りなどはNEXTSTEPそっくりだ。OSXが10.2にヴァージョンアップし、ようやく使えるようになったのを見て、私も恥ずかしくて人に言えぬほど古いシステムを更新することにしたのである。

しかし、世界中を支配してしまったコンピュータ文明を支えているのがいまだにジョブズとかビル・ゲイツなどという創業者であるというのは、成長スピードのいびつな「ネオテニーの業界」と言えるのではないか。自動車の規範をなしたT型フォードを開発したヘンリー・フォードが今も生きていて「エンジンは自動車を動かす基幹技術であり、その駆動メカニズムは公開しないし、勝手な改良など許されない」なんて言ったらどうなるでしょうか。まあ先程のたとえじゃないけど、コンパクト蒸気機関を搭載したスーパーカーができてたりしたら、それはそれで嬉しいんですけど。