新宿にて

伊勢丹百貨店大古書市」に赴く。久々である。会場に足を踏み入れると、主としておじさん達のマイナーな熱気がムンムンと溢れており、気合い負けしそうになるが、踏みとどまり突進。

しかし事前に申し込んでいたものは悉く抽選に外れ、がっくり。こういう時はあまり執念深く棚にぶら下がっていない方が良い。と、勝手に決めている。各店舗を軽くブラウズし、ごく安かった馬場弧蝶の『明治の東京』(昭和17年中央公論社刊)を買い求め、会場を後にする。ずらっと並んだレジのお姉さん方(20箇所もある)が、書物亡者共の狂気じみた本漁りを恐怖に満ちた眼でじっと見つめているのが可笑しかった。

コーヒー・ショップの片隅でページを開くと、紙質こそ良くないが、大日本印刷による刷りは美しく、とりわけ明治以来のいわゆる秀英舎系活字のタイプフェイスには、得も言われぬ粋な味わいが感じられる。

ちょうど渋谷から新宿に向かう描写が文中に見える。私が座っているこの店の前を、弧蝶はゆっくりと歩いていったことになる。頁から目を上げると、インバネスにステッキ姿の紳士が、ゆっくりと店頭を横切っていった、ということにしておこう。