日仏微細通商修好条約

午前、在日フランス大使館に赴く。

入口で身分証明書をと促され、私は世界に対して証明すべき何物も自らの内に無い、と言いそうになるが、素直に運転免許証を渡す。一体何の権利があって私の免許を取り上げるのだろうか。呼んだのはそちらだろう。などと言う勇気はもちろん無い。

文化部で日本人と話していると、文化担当官ジュテ氏が現れる。予定外である。席を勧められ、対座し、彼は咳払いをして話し始める。

「我々は、如何にして貴下に対する返事が遅れるに至ったのか──」

始まったよ。なんとも理屈の多い連中である。大河小説である。回想も入る。プルーストだ。

「ムシュー・ジュテ、私は貴官と論議、あるいは交渉を行うためここに参上したのではありません。偏に調印をするために来たのです。──御覧下さい。ここに既にして印判まで持参しております。御賢察賜れば幸いであります」

ああ、仏国特命全権公使ロッシュを前にした小栗上野介のような気分だ。神州男児は只では引かぬぞ。編集長からは盟約ならずばとその懐剣を授かって来たのだ。決裂となれば腹かっさばいて果てるまでよ。斯様な不平等条約、一片の紙切れと化すのだ。嗚呼痛快也。攘夷決行だ。後は頼むぞ。

隣の日本人女性が、頷きながら、にこにこしている。

「じゃ、ここにハンコ押してもらえますかぁ」

ジュテ氏もにこにこしている。私は言われるがままにハンコを押し、じゃあ、そういうことで、宜しくお願いします、宜しく、と繰り返す。ジュテ氏が立ち上がり、誠に恐縮だが次の仕事が押していて、と右手を差し出す。私共の不手際を寛容にもお許し頂き幸いです、貴社の御隆盛を祈念いたします、さっと握手をして部屋を出て行った。

入口の鉄格子で、強化ガラスの向こうの女性が、ポストのような差し出し口から免許証をポトンと返してくれる。ジーッと電子音が響き、軽い金属音と共に鉄格子が解錠される。ゆっくり開き、娑婆に戻る。

会社に戻ると、「えーっ、ハンコ押したの」と非難される。今度は日露戦争時の小村寿太郎だ。外交は、むずかしい。