夏の記憶ver.8.6

夏休み例年、この日の朝8時15分になると、市内中に鳴り響くけたたましいサイレンに叩き起こされた。夜更かし癖のつきまくった絶頂の時期、また暑さも絶頂の時期、窓から何から開け放って、汗まみれの浅い眠りの部屋を毎年、サイレンが突き抜ける。

同時刻、平和記念公園では、エライ人やそうでない人々が黙祷している。私の部屋はビルの屋上に乗っけてあったので、屋上ベランダへ出てみると、近くの小学校のクスノキの影で黙祷する人影などがよく見えた。ぽつんと黒く動かないシルエットは、熱線で焼け焦げた人の輪郭のようにも見える。

とにかく、蝉がうるさい。頭の中で鳴いているようだ。この時間にひとたび起こされると、もう二度と眠りにはつけない。仕方なくテレビで被爆者追悼式典の中継をぼーっと見る。経験上、そこの気温が照り返しで40度近いことを知っている私は、喪服で微動だにしない人たちの忍耐力に、毎年お約束のように感嘆の声を上げる。それに答えるように、横でひっくり返っていた父親が、あそこでワシは、チェ・ゲバラに会ったんじゃア、と呟く。毎年お約束のように。会ったっていうか、見たんだろ、それも式典とは全く関係ない日に。

そのあと、年々歳々同じように、ふらつきながら自転車で書店に向かう道すがら、各所に設置してある慰霊碑から線香の香りが漂う。この日この街は、死者が支配するのである。自らの死がどうしても理解できぬ累計14万もの人々が、生の痕跡を求めて街角を右往左往するのである。

深更、下がらぬ気温にたまらず家を飛び出し、またまた自転車でふらふら市内を流れる川の河口へ向かうと、仲間にはぐれた灯籠流しの灯籠が、橋のたもとあたりにぽつんと漂っていることがある。川面に揺らめくほの明るい灯火が哀れを誘う。私は足元で適当な石を探し、灯籠に向かって投げつける。どこかから、何すんならァ!という憤怒の声が聞こえるが、構わず投げる。灯籠の火が消えるまで投げる。