似非剣ふたたび

綾瀬の東京武道館まで赴く。全日本剣道連盟居合道部会東京支部昇段試験会場、である。ぷはー。

例によって時代錯誤の空気が漂い、傑作千万である。階段の踊り場に刀屋が店を開いており、なんか職人尽し絵の情景。

目についた江戸期の無銘の新刀を一振、抜き払ってみる。手持ちは軽く、なかなか具合がいい。
すかさず刀屋の親父が「良いのに目ェ付けたね。銘はねえが、なかなかお買い得だ」と囁く。確かに並んでいる似たような他の刀より、不思議に数段安い。親父は私の心中を見透かしたように、「いやね、鎬(刀の背)をみて御覧。小さい疵があるだろ」と畳みかける。なるほど、何の疵なんでしょうか、と何気なく訊くと、親父はじろりと私を睨み、「刀を受けた疵に決まってるじゃねえか」と、この素人めと言わんばかりに言い捨て、さっさと他の客の相手をし始めた。
光にかざすと、鎬の左から打ち込まれたのがわかる。江戸期の新刀だから、使われたのは幕末の争乱期だろうか? 勝手な想像をする。本当の持ち主は、どんな人生を生きたのか。

試験会場に戻ると、先程までざわついていた会場が静まりかえっている。見ると、小柄な老人が、女性に手を取られて、会場の真ん中に向けて一人しずしずと歩いていた。一見して盲人であることが知れた。通常、試験は四、五人同時に演武するから、一人だけの審査は特例であろう。
老人は付き添いの女性の手を離すと、足元の床を確かめるようにゆっくり撫でた。すとんと座りこむと、ぎこちない動きで抜刀し、見えない敵を斬り始めた。誰が見てもその技は稚拙としか言いようのないものだったが、確かに斬れているように思えた。真摯な動きである。

演武が終わった時、全く異例なことだが、思わず会場中から拍手が湧き起こった。
老人は周囲に一礼し、またしずしずと去っていった。結果はどうだったのか。おそらく昇段は果たしただろう。技はともかく、彼の前にある敵は、我々のイメージするものより数倍リアルであるに違いない。彼にとって想像できるイメージとは、現前する外部そのものなのだから。

さて私はというと、三段昇段を果たすが、スタスタ近寄ってきた師範は、ギリギリだよ、と笑っている。目は笑っていない。ぷはー。