夜鳥

寒い。

午前中、時折利用する近所の藪医者に赴く。この医者では、私が各種の薬を指定しなければならないのである。自分で治療しているようなものである。「今日はムコダインPL顆粒でいいと思いますが」「あっソー」「3日分ほどいただけますか」「あっソー」

毎度の事ではあるが、ひょっとして名医なのかと悩む。

何か今日は態度が変だなあ、と思ったら、時折私の着ているTシャツをじーと見ている。Tシャツには"The Japanese Society of Psycopathology of Expression and Arts Therapy 29th annual meeting"と書いてある。数年前義弟から「いらねえから」と投げ捨てるようなひとことと共にもらっただけであり、私はこの胸の記述と何の関係もない。ひょっとして私を精神医学関係者かなんかかと思っているのだろうか。とすればなかなか噴飯ものなんだが。

Tシャツには、何の関係があるのか知らないが、迦楼羅の横顔があしらってある。結構良い感じである。迦楼羅という奴は八部衆の一、鳥の変化(へんげ)である。伎楽の面にカラス天狗みたいなのがあるが、あれである。そう、ガルーダね。霊鳥。望月仏教大事典によると、こいつが主役を張る経に「迦楼羅及諸天密言経」があるようだ。また『覚禅鈔』によると密教修法の中に迦楼羅法があり、「除病患の顕あり」とあるから、その関係でTシャツ化だろうか。んなこたねえか。わからん。

学生の頃、高円寺で飲んだくれた深更、友人とへべれけになって堀之内葬祭場の横の墓場あたり(よくTVで紹介されるいわゆる「心霊スポット」)を歩いていたら、闇の奧から何とも言えぬ、気味の悪い鳥らしき叫び声が湧き上がり、一瞬友人と顔を見合わせ、無言で一散にダッシュ逃亡したことがある。まさに怪鳥の声としか言いようのない奇妙な音だった。(文字で表現すると「アッパー」としか書けないのだが、こう書くと字面はなんともマヌケである。その後友人との間では「アッパー鳥事件」と呼称されることとなった。)

で、Tシャツ目にする度に、あの奇妙な声が耳の底に蘇るのである。深夜、斎場の煙突の上に佇む、見えもしなかったその姿の、ありありとした映像と共に。