本日の会話から

「また戦争の話でしょ先生……もうやめましょうよ……」
「いつまでも言い続けるぞよ。冷戦が終結したあの頃にな、歴史が終わったと勘違いした者が続出したが、結局新たな「戦前」が始まってたに過ぎんということがようやく明白になってきた訳じゃからね」
「臨戦態勢ですかあ」
「然り。そして21世紀の戦争は、近代という時代を成立させた、相似な軍事組織の合意に元づく死のゲームという概念から離れた、非定型な、真にポスト・モダンなものになるんじゃな」
「はああ。一方がゲリラ、みたいな」
「まあな。要するに国際法上に規定された戦争行為というのはもう起こらない、ちゅうことじゃな」
「でもイラクではイラク軍と米軍が軍隊として対峙しましたよ」
「わかっとらんね。今でもイラク戦争は続いとるんじゃで。二段階革命論みたいなもんじゃね。正規軍とは別のサダム殉教者軍団て親衛隊組織みたいなのがあるじゃろ。あれは国家編成のくせに、当初から民兵組織と自らを規定しているから、何をやったところでジュネーブ条約なんかには縛られんちゅうわけや。縦深陣地を構築した正規軍が戦略的撤退して、長く延びた補給線を組織的かつゲリラ的に叩くっちゅう面的な戦略を、長い時間軸に平行に置いてみい。現状がそれや」
「確かにイラク政府が公的に降伏文書に調印したという話は、聞かないなあ」
「そらそうや。だいたいがイラクは今回の戦乱を『戦争』と認めとらなんだのよ。湾岸戦争は国連の編成した多国籍軍に敗戦したという形じゃけどね。リーガルにもな」
「しかし先生、ゲリラとの戦いって、第2次大戦からずっとあるでしょ」
「そうだけどね、それはある種の逸脱だったわけだ。あるナチス国防軍将校の手記には、フランスのレジスタンスに対して「本当に迷惑だ。困る」という愚痴が延々書いてあったが、迷惑とはスゴい変な感覚じゃろ。敵だと思っとらんのよ」
「いや歴史的にはともかく、今でもコロンビアやネパールなんかでは国軍と激しい戦闘してますよ」
「ありゃな、言ってみればドメスティックな社会資本よ。ゲリラ連中がな。アンバランスではあるが、非定型ではない。戦争ですらない」
「要するに内戦だちゅう事ですか」
「まあ、そうだ。ベトナム戦争も最初内戦だったが、アメリカ参戦後ベトコンがゲリラ戦を展開したわけで、あれもゲリラ化した正規軍と言っていいだろう。もうこれからは軍隊秩序はない。それはアフガン攻撃以来そうだったんじゃ。今回ドイツ軍はイラクに派兵せんが、アフガンでは今でもかなり戦死者を出し続けとる。イラクに派兵せん国でも、もう大枠の戦争には参戦しとるんじゃわ。これでチェチェン問題が南側に大きくはみ出してくるようなことになると、ここもナーバスな部位となる。今も力で押さえつけとるロシアが決壊したら、ここはロシアが主役の、イラクの鏡のようになるぞ」
「ヤな予想しないで下さいよ。なんですかじゃあ第3次世界大戦てことですか」
「珍しくサエとるね。大規模な会戦も、華々しい作戦もない。小さな傷口からしとしと流れる血がどうやっても止まらない、『ねじ式』の主人公のような新しい大戦が始まっとるんじゃ」
「ちょっと待って下さいよ、じゃあ日本は……」
「そうよ、華々しいメイン・プレイヤーとして遂にデビューするわけじゃ。昭和初期の田中義一内閣の時も、「大義がない」と言われながらずるずる山東出兵して、戻れぬ死の道を歩き始めたんじゃ。関東軍が南京に転進した時も、誰も戦略的決定をしないで、もう自動人形のように動き始めたんじゃ。理由は必ず後付けで掲げられる。軍隊は、一度出兵したら、もはや今度は敗れるまで撤兵する「大義」が無いんじゃ。今の日本政府はその事を知らない。「死者が一人出たので撤兵します」と言えるか? 死を前提としない軍隊があるか? 武器を持つ事は、相手を殺す事を前提としとるんだろう。自分だけが死なないという、そんな卑怯な軍隊が存在したことがあるか? では「死者が定員の10人に達したので撤兵します」と言うのか? 50人か? 「人道支援だから理解しろ」というのか? 世界史上いつどこに、「人道支援をするための軍隊」が存在した? いいか、帝国陸軍のシベリア出兵の時も領事館員が共産ゲリラに虐殺されたことを思い出すがいいぞ。軍隊は非戦闘員を殺さないが、非戦闘員は軍人を殺すぞ。今度の外交官の死をみろ。その死には既にして様々な意味づけが付与され始めとる。最初の犠牲には、「物語」が必要なんじゃ。国家はそこに殉教の道をつけ、死に慣らし、その後の死は単なる有象無象になる。そして、ゴホ、ゴホゴホ……うー」
「大丈夫ですか。もうお休みになったら如何です。おっしゃることはよくわかりますよ」
「ゴホン。あー。すまんね。しかしこれだけは言っておく。理由があり出兵しないことは、主体的な判断であって、最終的には誰も非難しない。しかし出兵後の腰砕けはアメリカ以外の国にも信義を失う。もう地獄の釜のフタは開いとるんだよ。どこかのカップルの道行きは、始まっとるんじゃ。ワシには浄瑠璃が聞こえるよ。『心中天の網島』やね」
「見たくねえなそれ……」