『書店風雲録』風雲録

「とにかくリストなんだよ。リスト作ってよ。それでフェアやるから」と、イマイズミ氏は繰り返した。同席していた私の同僚フジワラ編集氏の方を盗み見ると、バッチリ目が合い、オマエやれよ、とその目が語っている。そりゃ営業の仕事じゃないんじゃないの、と目で答えると、こんなおっちゃんにかかわってるヒマねーんだよ、とまた目で返事される。私はフジワラ氏の眼圧に負け、ガクーリとうなだれた。

その頃私はある一件で編集から干され、社内遍歴を始めてしばらく経っていたが、当初こそヤメテやると息巻いていたものの、放り出された当のその部署のあまりの悲惨さに仏心を出してしまい頼りにされ辞めるに辞められぬデフレスパイラル、その代わり全く社内気候の雨風には全く我関せずでいたところ、今度はその部署隣の営業部が知らぬ間に崩壊状態、囚人部隊の私はまたも砲弾飛び交う営業最前線に丸腰で放り出されたのだった。──前任指揮官は更迭、部隊は四散、私はたった二名の新兵と共に部隊を編成され、おざなりの昇進で名目だけの士官となり、広大な営業戦線を維持せよとの命令を受けた。状況は深刻そのもの、書店常備の管理は破綻し、担当者との連絡は絶え、売れ行きもマクロでしか把握できず、後方の編集からは一体何をやっているのだと矢の催促、私は塹壕の中に座りこんで、至近距離で破裂する電話爆弾の音を避けて耳を塞ぎつつ、呆然とするばかりだったのである。

フジワラ編集氏は営業経験者で、窮する私を見かね、しばしばアドヴァイスを与えてくれた。インテリジェンスが高すぎて泥濘に嵌りつつ戦う我々にとってはいささか困る高邁なサジェスチョンもあったが、その姿勢は実に有難いものだったのである。
そして、彼が、まだりぶろ池袋が西武百貨店屋上の真下にあった頃、ガンガン棚を作っているイマイズミ氏に営業活動で出会い、親しくしていたのを知っていた私は、転任後すぐに塹壕から内線電話をかけ、りぶろ池袋攻撃への助力を依頼したのであった。

話は冒頭の場面に戻るわけだが、今から思い返してみると、りぶろはその頃大きな転機を迎えていたと言える。天に近い場所に超然と場所を占め、十全に文化的な、というよりも前衛的な「お高い」書店から、大改装を経て地下へ配置換えとなったのである。普通の百貨店の一部門になるべしというムードが次第に漂い始めているのは、部外者の我々にもなんとなく察せられた。しかし、イマイズミ氏はますます意気軒昂である。私とフジワラ編集氏と共に西武美術館上の喫茶店に入った彼は、冒頭の文句を繰り返したのであった。

しかしリストとは何か。

「いや、テーマだよ。何かあるだろ。おたくの本を売る中心になるやつが。それで本集めてフェアやるんだよ。入口の新刊台の反対側ね、このフロアになって広いフェアスペース取れたんで、いつでもフェアをやってたいわけよ」

わかるでしょ、とその長身でのしかかるように喋る彼はまことに雄弁で、話を聞きながら、こりゃあれだ、典型的な全共闘世代だわ、と内容には身が入らず、そのことばかり考えていた。フジワラ編集氏は殊勝に頷きながら、時折取りようによっては皮肉な寸言を差し挟んでいたが、イマイズミ氏は全く反応せず、言いたい事をひたすら雄弁に演説するのであった。
私は口を挟む隙もなく、アイマイに笑う微妙な人と化していたが、次第にイマイズミ氏の求めるものがわかってきたような気がした。この人は、大きな書店というコスモスの中に、棚という小さなコスモスが多重構造になっているような、そういうものを作りたいのだ。その小さなコスモスの中に入り込んだ客が、書物の無限連鎖の迷宮に入り込み、二度と常人どもの棲むにシャバに戻れないような。

神秘主義の100冊、ってフェアはどうでしょう」
私はいきなりイマイズミ氏の話に鉈で割るような気合いで割り込み(そうでないと口を挟めない)、思いつきを提案した。フジワラ編集氏の目が、だからオマエがリスト作るんだってーの、と笑っている。イマイズミ氏の黒縁眼鏡の奧のギョロ目が虚空をさまよい、より一層ギョロギョロする。やや間があって、いーじゃないそれ、やろうよそれ、今のフェアが終わったらそれやろう、早めにリスト作ってきてヨロシク、と言い残してさっさと帰っていった。

だはー。私は吐息をつき、そんなフェアどーすんの売れんだろーそれ、と笑うフジワラ編集氏に、まあ言っちゃったものはしょーがないよなー、本の売れ行きは書店のせいにすりゃいいじゃん、と答え、タダでさえ忙しいのに書誌作りかよ、と苦々しい顔をしながらも、これからの数日、全てを放り出して小さなコスモスを作る作業に熱中するであろう我が姿が予想され、アホやな自分、とひとり呟くのだった。

書店風雲録 (ちくま文庫)

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