高円の山の桜はいかにあらむ

夜の上野公園の桜は全山に張り巡らされた真赤な提灯に照らされなんとも淫靡な風情で、その灯下にとぐろを巻く人また人、人、人よ。辺り一面薄暗いピンク色の中に蠢く人々の狂態。聞きしにまさる物凄さだ。考えてもみよ。なにしろ酔っぱらいが数十万人いるんである。阿鼻叫喚の巷である。駅を降りて公園内に足を踏み入れた途端、目前に拡がる非日常性への壮絶な同化圧力。ここを突っ切って不忍池側まで行こうってんだから、かつて当地に立て籠もった彰義隊を討伐せんとした薩摩藩兵より困難な前途ではないの。待ち受けてるのはさ。

まあ仕方がないので、同行数人と一列縦隊で強行突破。要所要所でビールかけられそうになる。

今日は花見の宴だが、場所はこの山ではないんである。山の天辺を越え、精養軒の裏手から池側に降りる。さすがにこのあたりには人気もなく、というよりも、一気に周囲は寂しくなる。動物園のモノレールが暗黒の中天に廃墟じみたシルエットを晒していて、ここが都心とは思えぬような、なんとも荒んだ風情が漂っている。数百メートルを隔てて数十万人のヨッパライがいまピークを迎えようとしているとはとても思えない。不思議な空間である。

しばらく歩くと、目的地の鴎外荘に辿り着いた。ホテルである。が、中に森鴎外がかつて住んだ日本家屋を取り込んであるとのこと。外から一見すると、ただのビジネスホテルであるかに見える。
玄関から入ると、たしかに小ぶりな日本家屋が見えた。なるほどこの家を取り囲むようにホテルが建っているわけである。家の横手にライトアップされた桜が一本。なるほど。

家屋の内部にはあかりが点されているが、誰もいないようなので、勝手に上がり込み拝観。大きな蔵がくっついていて、内部は蔵座敷様になっている。立派なテーブルがしつらえてあったので、さらに勝手に着座。「オイ君、脚気の原因は食い物ではないのぢや。大福を茶漬けに入れて持って来なさい」などと意味不明なナリキリ(しかし真実)などして遊ぶ内にどこかの会場でなんかの乾杯の音頭がとられているらしく、伝令が探しに来たので、慌てて離脱。

というわけで、結局は宴会である。やる事は上野の山の連中と変わりゃしないんである。オマケに鴎外の悪口で盛り上がる。バチあたり共めが。って私もだが。