都ノ駅家ニテ異形ノ者ニ遭フ事

夜半の東京駅、吐き出されるように新幹線から降り立つと、ホームのゴミ箱に延々長い行列ができて、みな粛々と缶ゴミ弁当ゴミ分別して捨てている。マナー良好と言うべきなのだろうが、ビッグ・ブラザーに馴致されたる風情なきにしもあらず。と思う。先のワールドカップ当時、蓮實重彦氏が試合終了後のスタジアムを掃除する若者に激怒していたのを思い出した。ついでに全く脈絡ないが、先帝不例時の浅田彰氏による「土人」発言も思い出す。……どうしてこう言いがかりのようにからんでしまうのか自分でもわからなくなるが、故郷での一件に疲れ切ってしまっていたからかもしれない。まあゴミ放り出すほどの度胸はもともと無く、列に加わる。

新宿駅で、高貴な顔立ちの美女が、ゆっくり歩きながら手にした傘をほぼ10秒おきに凄まじいスピードで工事中の鉄製仮壁に打ち付け、大音響を発せしめているのに出くわす。前方を半眼で睨み据え、背筋を伸ばしたまま、体は全くブレる事なく、右手だけしゅっと走らせるのである。能面のような表情だ。彼女に対面する側から歩いてゆく人々は、ヤバイものを見たなという風情で、さーっと道を空けている。私は相対距離50メートルほどの地点で気付き、彼女に向かって右側、通路の中央を歩いて、行かなきゃならんから否応なしに近づいた。日本海海戦におけるバルチック艦隊連合艦隊の会敵体勢である(ちなみに私側がバルチック艦隊。笑)。近づくにつれ、彼女の異様な目から視線を外せなくなった。久々に見る「本格派」のイッた目である。

さて相対距離5メートル地点に達したとき、彼女の首が、ぐぁーっ、と、こちらの方に捻られた。そう、ホラー映画でよくあるみたいに。目が合った瞬間、あっ、こりゃ傘が飛んでくる、と思ったのと、彼女の方を向いたまま当方が目線を「遠山の目付」──居合道などで言う、一点を見るのでなく、周囲全体の敵を意識する視線の付け方──にしてピントを外し、視線の気を抜くのとがほぼ同時だった。

一瞬、彼女の意識が、びゅん、と私を飛び越えてゆくのが感じられた。むろん、気のせいである。しかし、いなさずにそのまま彼女の視線を受けとめていたら、傘が一直線に飛んできたと確信する。その間1、2秒か。彼女はすっと私の後方に去って行った。10秒ごとの大音響が遠ざかってゆく。久々に凄いものを見せていただきました。いやーしかし、やはり新宿でよくこの手合いに出くわす。おまけにそこで毎度疑似居合稽古の私である。逃げの一手だが。