一句進上

『九十歳、青山光二が語る思い出の作家たち』第六回 大川渉(「ちくま」2004.6 第399号 筑摩書房刊)より

丸ビルの五階にあった中央公論社の入り口近くの応接室である日、青山と担当編集者高梨が、ゲラの仮名遣いのことで言い争いをしていると、永井荷風が入ってきた。
「何をやっているんだ」
荷風は二人の方を見て言った。ゲラの直しで議論していると応えると、
「まあ、しっかりやりたまえ」
と言って、奥の編集室に向かった。

(中略)
青山と高梨の仮名遣いをめぐる話し合いは決着がつかなかった。
荷風先生に聞いてみましょうか」
高梨の提案に青山も同意した。高梨は編集室に行き、しばらくして戻ってきた。
荷風さんはどう言ってた」
「著者が正しいに決まってるじゃないですか、と言われましたよ」
たとえ間違っていても著者の言うとおりにするものだ、というのが荷風の考えだった。


……編集者 奴隷ですよと 断腸亭 _/ ̄|○ 

文士風狂録―青山光二が語る昭和の作家たち

文士風狂録―青山光二が語る昭和の作家たち