狸蕎麦さらに

世の中には異常人が多いというか、まあそんな言いぐさは失礼とは思うが、狸蕎麦問題について早速レスがつけられた。大正年間に刊行された『東都新繁昌記』に麻布七不思議の一として「古川の狸蕎麦」が挙げられているらしいというのである。通常、狸関係の麻布七不思議といえば狸穴の狸囃子が挙げられると思うのだが、どうやら様々なヴァージョンがあるようだ。確かに場所も古川沿いでぴったりである。

しかし、物好き同志の情報はその内容まで及んでいないので、却って謎は深まるばかりである。狸が蕎麦を食わせるのか。おそらく人を化かす手段であろうが、それが蕎麦に特定されるというのは、一体どのような動機に基づいているのだろうか。果たしてその蕎麦には、揚げ玉が入っているのか(笑)。しかも切絵図上にはピンポイントで指定されているのである。記録されるということは、再現性が保証されているということである。行ってみる人のために、地図は存在するのである。うーむ。「浅草花やしき」ぐらいの感覚であろうか。

怪異が地理情報として屋敷や寺社と同一平面上に記載されているというのは、江戸に生きる人々の空間認識の一端を表しているだろう。怪異自体が一定の社会性を帯びたものという前提が共有されているのである。この世とあの世は、何の障壁もなく続いている。地図を辿ってあの世へ行ける。「死」というものに対しての値段の安さが透けて見える。

「江戸東京重ね地図」を動かして、怪異の出没する広尾原が深海から浮き上がるように出現するのを見ていると、二百年ぐらい経ったら、現在の地図情報も狸蕎麦扱いかとも思う。

さらに追及予定。

東都新繁昌記 (文学地誌「東京」叢書 (7))

東都新繁昌記 (文学地誌「東京」叢書 (7))